JA1CSQ
第三のJARL中央局,JA1CSQについて.
このおかしな局の存在自体は認識していたのですが,
CQ誌1960年2月号臨時増刊『モデル・アマチュア局集』に
『日本の空をむすぶ JARL中央局 JA1RL局 JA1IGY局 JA1CSQ局』
という記事があり,情報としてもっともまとまっているようでしたので,それをきっかけに深掘りしてみました.

とくに,該記事に,以下のようにありました:
...ぬゎんと.
それって,「東海村から移設してきた」か,あるいはまたしても「未知の博覧会の局」っぽいです.
まずい...調べねば.
同記事中に,この局のリグと電源の紹介があります:

「原子力バッテリー」というのはびみょーですが,これがのちに商品化が企図され一部無線雑誌に予告広告のあった“原子力乾電池”の原理試作だったのかもしれません.
●いつ,誰に?
1959(S34).5.4に,薄井洋一OMへの免許で,QTHは「晴海」です.
ということは,「なにかしらの博覧会に向けて開設された局」が,日赤本社に移設されてJARL中央局にバケた――と言えましょう.
●対象行事は?
このころに「晴海」で開かれた,「原子力」の香りを放つイベントを探します.
Google先生と官報情報検索のお力を拝借し,追い込みます.
判りました:
・1959年 東京国際見本市
・5.5~22
○『FBNews』の『近畿大学原子炉55年の歩みと今後の役割』
http://www.c-technol.co.jp/cms/wp-content/uploads/2014/04/FBN482web.pdf
○官報 資料版No. 172(1959(S34).5.11) 『告知板』の『東京国際見本市』
○S34郵政省告示307
本件に限らず,むかしの「博覧会」を調べるのに,「記念日附印」から手繰れることも多いです.
●変遷
○1960年版コールブック
在 晴海,かつ,行事名も明記されています.
○1962・1963年版
「JARL局」となっています.
○1965年版
空欄です.たしかに,満了で失効する頃合いではあります.
○1967年版
「JA1BYJに変更」となっています.これで免許人薄井氏の「ほんとうのコールサイン」が特定できます.
☆JA1BYJ
のちの事務局長ですか?1960年版コールブックから:
●その後のJA1RL・JA1IGY
いまでは定義が異なっていて,以下のように称されています:
・JA1RL → JARL中央局
・JA1IGY → JARLビーコン局
...と言いますか,そもそもこのころはまだ「社団局」の制度がなく,個人の局でした.
初の社団局は,該記事執筆時点よりもちょっとだけあとの,1960(S35).3.19免許のJA6YAAが皮切りでした.
『JA6YAA』
http://jj1wtl.at.webry.info/201708/article_8.html
●その後のJA1CSQ
『無線局等情報検索』の情報によりますと,大網白里の局に再割り当てされていました.
現時点,その二代目さんも失効しています.
・2011年12月10日時点(手持ちで最古)
千葉県山武郡大網白里町,2008(H20).7.25免許
・2013年8月3日時点
掲載なし
つまり...
・2003(H15).7.25 … JA1CSQのコールは,二代目さんに ふつー に再割当
・2008(H20).7.25 … 二代目さんが再免許
・2013(H25).7.24 … 二代目さんが満了~失効
●博覧会会場での個人局・社団局 (記念局前史)
下表に再整理します.
このおかしな局の存在自体は認識していたのですが,
CQ誌1960年2月号臨時増刊『モデル・アマチュア局集』に
『日本の空をむすぶ JARL中央局 JA1RL局 JA1IGY局 JA1CSQ局』
という記事があり,情報としてもっともまとまっているようでしたので,それをきっかけに深掘りしてみました.

とくに,該記事に,以下のようにありました:
JA1CSQ局は28Mcで,日本ではもちろん,世界でも恐らく始めてだと思われる原子力発電による送信機でon the airした局であります。
...ぬゎんと.
それって,「東海村から移設してきた」か,あるいはまたしても「未知の博覧会の局」っぽいです.
まずい...調べねば.
同記事中に,この局のリグと電源の紹介があります:


「原子力バッテリー」というのはびみょーですが,これがのちに商品化が企図され一部無線雑誌に予告広告のあった“原子力乾電池”の原理試作だったのかもしれません.

●いつ,誰に?
1959(S34).5.4に,薄井洋一OMへの免許で,QTHは「晴海」です.
ということは,「なにかしらの博覧会に向けて開設された局」が,日赤本社に移設されてJARL中央局にバケた――と言えましょう.

●対象行事は?
このころに「晴海」で開かれた,「原子力」の香りを放つイベントを探します.
Google先生と官報情報検索のお力を拝借し,追い込みます.
判りました:
・1959年 東京国際見本市
・5.5~22
○『FBNews』の『近畿大学原子炉55年の歩みと今後の役割』
http://www.c-technol.co.jp/cms/wp-content/uploads/2014/04/FBN482web.pdf
この年の 5 月、東京・晴海で国際見本市が開かれ、世界75カ国 6 千人近いバイヤーが集まった。見本市の目玉は、アメリカが出展した教育・研究用原子炉UTRだった。
○官報 資料版No. 172(1959(S34).5.11) 『告知板』の『東京国際見本市』
昨年は米・ソ二大国の特設館により、貿易に関係のない向きまで興味をそそられたが、今年はソ連は不参加であるが、アメリカ特設館の実験原子炉の運転、西独、チェコの特設館、カラーテレビ実演および主催者側のシエル型恒久展示館など興味を引いている。今期はさる五日から二十二日まで、会場は晴海埠頭、出品物は内外の逸品が一堂に会し、いながらにして工業水準の粋がみられ、取引も即決できるので貿易関係だけでなく一般の入場者も含め百五十万人以上が会場を訪れるものとみられる。

○S34郵政省告示307
本件に限らず,むかしの「博覧会」を調べるのに,「記念日附印」から手繰れることも多いです.

●変遷
○1960年版コールブック
在 晴海,かつ,行事名も明記されています.

○1962・1963年版
「JARL局」となっています.

○1965年版
空欄です.たしかに,満了で失効する頃合いではあります.

○1967年版
「JA1BYJに変更」となっています.これで免許人薄井氏の「ほんとうのコールサイン」が特定できます.

☆JA1BYJ
のちの事務局長ですか?1960年版コールブックから:

●その後のJA1RL・JA1IGY
いまでは定義が異なっていて,以下のように称されています:
・JA1RL → JARL中央局
・JA1IGY → JARLビーコン局
...と言いますか,そもそもこのころはまだ「社団局」の制度がなく,個人の局でした.
初の社団局は,該記事執筆時点よりもちょっとだけあとの,1960(S35).3.19免許のJA6YAAが皮切りでした.
『JA6YAA』
http://jj1wtl.at.webry.info/201708/article_8.html
●その後のJA1CSQ
『無線局等情報検索』の情報によりますと,大網白里の局に再割り当てされていました.
現時点,その二代目さんも失効しています.
・2011年12月10日時点(手持ちで最古)
千葉県山武郡大網白里町,2008(H20).7.25免許
・2013年8月3日時点
掲載なし
つまり...
・2003(H15).7.25 … JA1CSQのコールは,二代目さんに ふつー に再割当
・2008(H20).7.25 … 二代目さんが再免許
・2013(H25).7.24 … 二代目さんが満了~失効
●博覧会会場での個人局・社団局 (記念局前史)
下表に再整理します.
| 期間 | 名称 | 設置場所 | コール | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1958.3.20~5.25 | 門司博 門司トンネル博 世界貿易産業大博覧会 | 第二会場 宇宙と南極探検館 | JA6YC(←JA6TA) JA6ZR(←JA6FP) | CQ誌1958年8月号p.62,同9月号p.61 |
| 1958.7.5~8.31 | 北海道大博覧会 | 電波館 | JA8LW(←JA8AC・JA8BC) JA8LX(←JA8AI) JA8LY(←JA8FW) JA8LZ(←JA8BE) | CQ誌1958年10月号p.59 http://jj1wtl.at.webry.info/201705/article_3.html |
| 1959.3.20~5.20 | 下関子供博覧会 | 第一会場 特設館 | JA4UX(←JA4CG) JA4UY(←JA4IR) | CQ誌1959年4月号p.66,同5月号p.59 JA4UZも下関の局ですが,“もう一つの局”が見つかりません |
| 1959.5.5~22 | 1959年 東京国際見本市 | JA1CSQ(←JA1BYJ) | CQ誌1960年2月号臨時増刊『モデル・アマチュア局集』pp.8-10 | |
| (1959.12.22) | ここで“社団局”が制度化〔S34省令31〕 | |||
| 1960.3.20~5.22 | 小倉博 市制60周年記念 伸びゆく北九州 小倉大博覧会 | 宇宙館 | JA6YAA | CQ誌1960年4月号p.62 http://jj1wtl.at.webry.info/201708/article_8.html |
| 1960.3.20~5.31 | 宇宙科学博覧会 | JA3BRG(←JA3APV) JA3BRH JA3BRI(←JA3AHG) JA3BRJ(←JA3APA) JA3BRK(←JA3IO) JA3BRL(←JA3AWD) | CQ誌1960年4月号p.62 http://jj1wtl.at.webry.info/201711/article_7.html | |
| 1961.4.1~5.21 | 長野産業文化博覧会 | 電波と電気通信館 | JA0YAG | CQ誌1961年2月号p.74,同3月号pp.82-83,同5月号p.111 http://www.jarl.com/ja0yag/syoukai/syoukai.htm http://www5d.biglobe.ne.jp/~tokuken1/files/clubrekishi_photo2/photo2.html http://jj1wtl.at.webry.info/201701/article_13.html |
この記事へのコメント
小生は旧日本軍無線機材、電波兵器の収集、保存、研究を目的とした「横浜旧軍無線通信資料館」を運営する土居隆と申します。
これら機材と併せ、小生は1960年代のアマチュア無線活動にも興味があり、その一つがJARLで一時期展示された?原子力バッテリーです。
今般net上で本バッテリーについて調査を行ったところ、ご貴兄のブログに出会いました。このバッテリーについてはCQ誌のグラビアページで見た記憶があるのですが、これがJARL、または、晴海で行われた博覧会に関係したものかは判然としません。
今日考えれば、このバッテリーはラジューム等の放射性物質で蛍光塗料を光らせ、これを太陽電池で電力に変換した構造であったと推測されます。
つきましては、今般ご貴兄が掲載された写真の出典をお教え頂ければ誠に幸いです。また、併せ、本バッテリーに関わる情報をご提供頂ければ誠に幸いです。
横浜旧軍無線通信資料館
土居 隆
takadoi@carrot.ocn.ne.jp