続・アマチュア無線通信教育史
記念局ハントも想定以上に順調なので(8J1INZAI出てきて~),未練なく国会図書館に再調査に行ってきました.
以下は前回の,
アマチュア無線通信教育史
http://jj1wtl.at.webry.info/201108/article_3.html
の続編です.差分にだけ触れます.
積み残していた『アマチュア無線協会』の期間の割り出しが主目的だったのですが,ほかに二団体,浮かび上がってきました:
・『国家試験教育センター』
・『日本リスナーズ協会』
それらも含めて結論からお示ししますと,下図のとおりとなります:

それでは,順に.
手持ちの「短波」の1981年3月号で,広告掲載がすでに確認できています.
ですので,正攻法で「短波」を洗います.
「短波」は,1976年1月号で創刊~1983年7月号までで休刊 でした.
なお,同誌で,国会図書館で蔵書がないのは――
・1976~1978年のすべて
・1981年1~4月号
・1982年のすべて
――でした.
『アマチュア無線協会』が確認できたのは,
1981年3月号――結局,手持ち分――までで,そのあとはありませんでした.
反対に,アタマのほうでは,1979年1月号で掲載があります.
それより前の「短波」の蔵書はありませんから,べつな雑誌に乗り換えて調べないとなりません.
「ラジオの製作」にしましょう.
すると,ラ製「1976年12月号」にハガキが折り込まれているのが初出でした.
ですから,結論として,『アマチュア無線協会』による通信教育は1976~1981年としてよさそうです.
また,1976年11月号からは,近い団体と思慮される『ラジオ技術協会』が載っています.
電話番号がおなじだったりします.
広告で登場しているコールサインは,終始JA1-AZSです.
該OMが担当されているのでしょう.
住所は日本橋芳町2-2,渋谷区西原1-16-16,渋谷区西原1-27-6と移っています.
1977年のラ製を辿っていたら,こんなのも出てきました.
さっそく追い込みますと,1976年1月号が初出でした.
受講料は6,800円となっています.
1976年8月号からは,『CB無線の会』の広告も加わっています.
『国家試験教育センター』の下に,(1)『アマチュア無線部』と(2)『CB無線の会』という立て付けです.
「CBからハムへ」という需要を取り込む事業拡大をねらったのでしょう.
青田刈り・囲い込み っぽい面もあります.
その後,遅くとも1977年9月号までには,CBだけの広告となって,通信教育の広告は消えています(1977年5~8月号は未調査,∵時間の都合; 1977年4月号では双方掲載).
この1977年9月号ではまだ 「特別奨学金2,000円 ハム通信講座へ進級の方」 というキャンペーンも張られていますから,完全死には至っていなかったようです.
それも1977年11月号からはそのキャンペーンも姿を消し,名称も『日本CB無線協会』に完全に替わっています.
ただし,宣伝文句の一つとして,“進級できる”の表記は残っています.
住所は練馬区中村北3-11-1のまま.
同じ住所で『日本CBマガジン社』の広告も載っています.
さらに前回の調査からですが,1984年代には『日本パーソナル無線協会』の広告もありました.
結論として,『国家試験教育センター』による通信教育は,1975年(1976年1月号掲載なので)から1977年まで としてよさそうです.短命でした.
この団体の仕切(アドバイザー)は,JA1AJQ大沢幸夫OMです.
これもラ製を歩いていたら棒に当たりました.
BCLむけに,受信報告書・ベリカードのビューローを提供していた団体ですよね.
そこまでは知っていたのですが,アマチュア無線の通信教育に“拡業”を図っていたのは知りませんでした.
「BCLからハムへ」という需要を取り込む事業拡大をねらったのでしょう.
ちなみに,
・入会金は500円; 会費は1,800円/半年,3,600円/年.
・会長さんは,JA1AC村井洪・前JARL会長(1968~1969年)です.
・住所は,広尾1-3-74となっています.
アマチュア無線の通信教育は 『JLA《マルチ》』 という名称で,
1977年1月号に「近日スタート」の広告で初出,
1977年2月号では「1月20日スタート」とあります.
内容は テープ×7巻 を中心とするもので,「触視聴覚通信教育」と称していました.
広告を見る限り,実際のパーツ(電子部品)を教材と一緒に配布していたようです.
それが“触”たるゆえんでしょう.
受講料は ちとお高く,
・18,500円 (通常)
・14,800円 (スタート記念)
・14,300円 (1周年記念)
といった案配です.
辿りますと,1979年11月号までをもって,広告は消滅しています.
「通信教育の広告」だけではなく,「ビューロー自体の広告」も含めて です.
末期には,
・教材を分割販売 したり,
・モールスコード学習のテープの販売(1,800円/2巻)も手がけたり
しています.
通信教育開始以前,団体そのものは,1976年1月号から広告が掲載されています.
それをふまえますと,以下のように言えます:
・『日本リスナーズ協会』 (団体そのもの) …… 1975~1979年,
・『JLA《マルチ》』 (通信教育) …… 1977~1979年
住所は,広尾1-3-74.
以上です.
最後にあらためて仕切り役(育成役)をまとめますと,以下のようになります:
・(財)ラジオ教育研究所
JA1AYO
・CQアマチュア無線普及会
JA1ZF・JA1AMH
・アマチュア無線協会
JA1AZS
・国家試験教育センター
JA1AJQ
・日本リスナーズ協会
JA1AC
このほか,『NSBアマチュア無線養成講座』という, テープ×(2+3)巻 の教材も見つかりました.
しかしこれ,「売り切り」のみで「通信教育ではない」ようですから,含めないことにしました.
以下は前回の,
アマチュア無線通信教育史
http://jj1wtl.at.webry.info/201108/article_3.html
の続編です.差分にだけ触れます.
積み残していた『アマチュア無線協会』の期間の割り出しが主目的だったのですが,ほかに二団体,浮かび上がってきました:
・『国家試験教育センター』
・『日本リスナーズ協会』
それらも含めて結論からお示ししますと,下図のとおりとなります:

それでは,順に.
■アマチュア無線協会
手持ちの「短波」の1981年3月号で,広告掲載がすでに確認できています.
ですので,正攻法で「短波」を洗います.
「短波」は,1976年1月号で創刊~1983年7月号までで休刊 でした.
なお,同誌で,国会図書館で蔵書がないのは――
・1976~1978年のすべて
・1981年1~4月号
・1982年のすべて
――でした.
『アマチュア無線協会』が確認できたのは,
1981年3月号――結局,手持ち分――までで,そのあとはありませんでした.
反対に,アタマのほうでは,1979年1月号で掲載があります.
それより前の「短波」の蔵書はありませんから,べつな雑誌に乗り換えて調べないとなりません.
「ラジオの製作」にしましょう.
すると,ラ製「1976年12月号」にハガキが折り込まれているのが初出でした.
ですから,結論として,『アマチュア無線協会』による通信教育は1976~1981年としてよさそうです.
また,1976年11月号からは,近い団体と思慮される『ラジオ技術協会』が載っています.
電話番号がおなじだったりします.
広告で登場しているコールサインは,終始JA1-AZSです.
該OMが担当されているのでしょう.
住所は日本橋芳町2-2,渋谷区西原1-16-16,渋谷区西原1-27-6と移っています.
■国家試験教育センター (国教)
1977年のラ製を辿っていたら,こんなのも出てきました.
さっそく追い込みますと,1976年1月号が初出でした.
受講料は6,800円となっています.
1976年8月号からは,『CB無線の会』の広告も加わっています.
『国家試験教育センター』の下に,(1)『アマチュア無線部』と(2)『CB無線の会』という立て付けです.
「CBからハムへ」という需要を取り込む事業拡大をねらったのでしょう.
青田刈り・囲い込み っぽい面もあります.
その後,遅くとも1977年9月号までには,CBだけの広告となって,通信教育の広告は消えています(1977年5~8月号は未調査,∵時間の都合; 1977年4月号では双方掲載).
この1977年9月号ではまだ 「特別奨学金2,000円 ハム通信講座へ進級の方」 というキャンペーンも張られていますから,完全死には至っていなかったようです.
それも1977年11月号からはそのキャンペーンも姿を消し,名称も『日本CB無線協会』に完全に替わっています.
ただし,宣伝文句の一つとして,“進級できる”の表記は残っています.
住所は練馬区中村北3-11-1のまま.
同じ住所で『日本CBマガジン社』の広告も載っています.
さらに前回の調査からですが,1984年代には『日本パーソナル無線協会』の広告もありました.
結論として,『国家試験教育センター』による通信教育は,1975年(1976年1月号掲載なので)から1977年まで としてよさそうです.短命でした.
この団体の仕切(アドバイザー)は,JA1AJQ大沢幸夫OMです.
■日本リスナーズ協会 (JLA)
これもラ製を歩いていたら棒に当たりました.
BCLむけに,受信報告書・ベリカードのビューローを提供していた団体ですよね.
そこまでは知っていたのですが,アマチュア無線の通信教育に“拡業”を図っていたのは知りませんでした.
「BCLからハムへ」という需要を取り込む事業拡大をねらったのでしょう.
ちなみに,
・入会金は500円; 会費は1,800円/半年,3,600円/年.
・会長さんは,JA1AC村井洪・前JARL会長(1968~1969年)です.
・住所は,広尾1-3-74となっています.
アマチュア無線の通信教育は 『JLA《マルチ》』 という名称で,
1977年1月号に「近日スタート」の広告で初出,
1977年2月号では「1月20日スタート」とあります.
内容は テープ×7巻 を中心とするもので,「触視聴覚通信教育」と称していました.
広告を見る限り,実際のパーツ(電子部品)を教材と一緒に配布していたようです.
それが“触”たるゆえんでしょう.
受講料は ちとお高く,
・18,500円 (通常)
・14,800円 (スタート記念)
・14,300円 (1周年記念)
といった案配です.
辿りますと,1979年11月号までをもって,広告は消滅しています.
「通信教育の広告」だけではなく,「ビューロー自体の広告」も含めて です.
末期には,
・教材を分割販売 したり,
・モールスコード学習のテープの販売(1,800円/2巻)も手がけたり
しています.
通信教育開始以前,団体そのものは,1976年1月号から広告が掲載されています.
それをふまえますと,以下のように言えます:
・『日本リスナーズ協会』 (団体そのもの) …… 1975~1979年,
・『JLA《マルチ》』 (通信教育) …… 1977~1979年
住所は,広尾1-3-74.
以上です.
最後にあらためて仕切り役(育成役)をまとめますと,以下のようになります:
・(財)ラジオ教育研究所
JA1AYO
・CQアマチュア無線普及会
JA1ZF・JA1AMH
・アマチュア無線協会
JA1AZS
・国家試験教育センター
JA1AJQ
・日本リスナーズ協会
JA1AC
このほか,『NSBアマチュア無線養成講座』という, テープ×(2+3)巻 の教材も見つかりました.
しかしこれ,「売り切り」のみで「通信教育ではない」ようですから,含めないことにしました.
この記事へのコメント